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【インタビュー記事】イスラエル医療業界でマルチに活躍する起業家医師が視るこれからのヘルスケアテック

医師を経て、起業家やあらゆる機関のアドバイザーを掛け持ちしているBahagon氏にイスラエルでのヘルスケア産業の盛り上がりの背景、ユニークなキャリア形成、そして今後の日本との連携について尋ねてみた。

INTERVIEWED BY 赤野 健悟 @redinisrael

ヨシー・バハゴン|Yossi Bahagon

Bahagon氏は内科医であり、シリアルアントレプレナーでもある。また、イスラエル最大のヘルスケア団体Clalitのデジタルヘルス部門の立ち上げ、メディカルコンサルティング会社Luminox Healthを起業。イスラエルにおける遠隔医療とモバイルヘルス領域の専門家の一人。現在では、Microsoft Acceleratorのメンターや大学での教鞭も取っている。

−− イスラエルでは政治的、地理的問題により主にセキュリティー、通信、農業、そして金融に関わるテクノロジーの分野が強いというのは容易に理解できるのですが、なぜそしてどのようにしてイスラエルのスタートアップのうち17%がライフサイエンスの領域に取り組むようになったのでしょうか?

イスラエルはライフサイエンス、ヘルスケア領域においてラボのような役割を果たしている国家です。というのも、過去15年間、国家レベルでイスラエルの臨床データは全てデジタル化することに成功しました。これは世界的に見ても稀なケースです。全ての臨床データをデジタル化し、ビッグデータ分析を行ってきたことで、イスラエルはグローバルヘルスケアマーケットの中で世界でも突出した地位を築くことができたのです。

−− イスラエルのヘルスケア、メドテック領域の中で特に強みの分野はなんでしょうか?例えば、日本のプロダクトでは内視鏡やイメージ分析診断が強みです。

20-30年前では、イスラエルは医療機器開発が強みでした。そういった医療機器スタートアップは製薬、医療機器、電子機器関連のグローバル企業にM&Aされてきました。しかし、ここ5年を見てみると、イスラエルヘルスケア領域のトレンドは医療機器からデジタルヘルスにおけるイノベーションへシフトしている傾向が見られます。これはスタートアップ企業が先ほど述べた様な臨床デジタルデータにアクセスできるので当然の運びだと言えます。その結果、今日ではヘルスケア領域におけるビッグデータ分析、サイバーセキュリティそして、遠隔医療に取り組む多くのスタートアップが活躍しており、すでに世界的な地位を築いている企業もあります。

−− 臨床データの保存や利用に関しては、イスラエルではどの様に行なっているのでしょうか?現在は、ブロックチェーン技術による非中央集権化のトレンドがありますが、イスラエルでもその傾向が見られるのでしょうか?

一般的に言えば、現状データ活用はcentralized(中央集権化)で、つまり一箇所のデータベースで扱われています。まだ、ブロックチェーン技術は取り入れられていません。今は、医師や専門家からの特定のデータリクエストに応じてデータを引き出すツールを使用しています。そのプラットフォームは、dbMotionと呼ばれており、同社は2013年にアメリカの大手電機企業のAllscriptsに$2.3億で買収されました。

−− ヘルスケアの領域での起業は、多くの経験が必要だと思います。世界で販売するためには規制の問題があったり、臨床試験も自由には行えません。イスラエルのスタートアップでは、大企業で経験を積んだ人が多く働いていると聞きます。彼らはなぜ会社を辞めたのでしょう?

ヘルスケア領域は常に人類にとって有益なことを作り出し、投資し、発明するという純粋で根本的な動機から始まっている点でとてもユニークで、イスラエル人起業家を引きつけています。確かにヘルスケアはマーケティングや規制や開発などの点で簡単な領域ではありませんが、それと同時に人類にとって多大なる価値を作り出します。なので、参入のハードルは非常に高いにも関わらず、起業家たちがこの領域においてイノベーションを起こしたがるのかは、全人類の健康、ウェルネスを確立、促進できるという価値から来ています。そして、うまくその価値を創り出すことが出来れば、莫大な経済的価値をも産み出すことが出来るインセンティブも付随してきます。この様な点が彼らを突き動かしているのでしょう。

−− あなたのプロフィールを拝見すると、内科医、起業家やヘルスケア技術アドバイザーであったりと、とてもユニークなキャリアを歩んでいます。あなたにとって、何がモチベーションとなりのこの様にマルチに活躍することができているのでしょうか?

当たり前ですが、昔私が内科医であった時は、ただの一内科医でした。毎日患者さんを診察し、私の責任下にある患者さんはせいぜい1500人程度でした。しかし、活動の場をイノベーションやデジタルヘルスへ移した時に、私の臨床の現場はとてつもなく拡がりました。例えば、私がイスラエルで最大のヘルスケア団体Clalitのメディカルインフォメーション、遠隔医療事業部の責任者になった時には、1500人から400万人の生活や健康に影響を与えることが可能になったのです。そして、四年前にデジタルヘルスイノベーション戦略パートナーの役割を果たすLuminox Healthを起業した時には、イスラエルだけでなく世界中の人々健康問題に関わることが出来る様になったのです。自分が多くの人に価値を与えることができていることは、間違いなく私の個人的なモチベーションになっています。

そして、さらに大きな目で見ると、一つは人類を前進させることに不可欠な我々の健康に貢献する点。二つ目は、私はイスラエル人であり、イスラエルを世界のヘルスケアイノベーションの中心地にしたいという点。これらの要素も私がキャリアを決める点で欠かせません。

Bahagon氏が創設した医療コンサルティングファーム・Luminox

−− 日本の若者の多くは、リスクを取ることを恐れています。イスラエルと、日本の違いはいったいなんなのでしょう?

初めに、国によって人々は異なるDNAを持っているということです。国々の人の特性というのは、その土地での文化、歴史やそのほか多数の要素に起因しています。どの国がどの点で優れているかというのは特に重要ではなく、それをいかに連携させることが興味深いのです。

過去を遡ると、ユダヤ人とイスラエルの人々は、太古の昔から、常に多民族より圧力を受けていました。つまり、私たちは生き延びる権利を得るために戦わざるを得ませんでした。その後近年になり、イスラエル建国時にも、経済的に自国を養っていけるほどガスや石油のような天然資源はありませんでした。そして、イスラエルが若い国かつ天然資源はなく敵に囲まれたこの非常に厳しい環境を生き抜くためには、常に自分自身の知恵を絞り、新しいものを発明し続け、頭脳を育てるか、消滅するかの選択を日々しなくてはいけないのです。イスラエルは国家であり、一般的にはユダヤ人の文化を有している。イスラエルがイノベーションの強力な引き金となる土地として生き残るためには、常に自分自身が発明し、投資し続けなければならないのです。あなたの質問に答えるために言うと、イスラエルではあなたがリスクを取らなければ、ここでは生き残ることはできません。我々は「リスクを取らない特権」など持っていないのです。

−− イスラエルのスタートアップは、日本市場をどう見ているのでしょうか?そして、日本の少子高齢化問題とどのようにコラボ出来ると思いますか?

まず、ちょうど先月(2018/3)、日本の首相がイスラエルを訪問し、両国の間には親密な関係があります(第二次安倍政権発足時と比べ,日本からの投資額は約120倍,進出企業数は約3倍になるなど,経済を中心に関係は良好になっている)。この関係をさらに強めることができれば、イスラエルは日本人にとって非常に有益で革新的な解決策を持っているので、可能性を秘めていると思います。もちろん、日本で最大の健康問題の一つは高齢化です。イスラエルは高齢化に関する問題点を正確に把握し、自宅にいながらより健康的な老後余生を送る方法を創出することが出来るとみています。これは専門用語で、Aging in placeと呼ばれており、家のような慣れ親しんだところで余生を過ごすことを意味し、何かが起こった際には、担当の医療チームが処置を行うシステムで、イスラエルはこのライフスタイルの構築に貢献できると思います。

これは単なる例で、今までイスラエルの多くの企業・スタートアップは、米国が大きな市場であると見ているが、今日では他の市場についても考え始めています。イスラエルにとって、日本のマーケットサイズは充分に大きく、また参入の障壁になるほど大きい訳ではありません。日本の人口と医療システムを踏まえると、潜在的に我々のヘルスケア領域での連携はWin-Winになる可能性が高いです。自国が特化している技術によって、日本人に利益をもたらし、日本経済を加速させるために、多くのイスラエル企業は日系企業、日本政府との連携を真剣に考えた方がいいです。昨今の日本とイスラエルのビジネス関係の傾向を見てみると、今後の可能性が大きく、様々な連携の余地がありますし、その中でも特に医療領域でのイノベーションに大きな可能性があると感じています。そして、Israel Medtech Postとあなたが提供しているサービスが二国のコラボレーションを促進するものであれば、それはとても良いと思います。

−− 最後に、これからのイスラエルのヘルスケアスタートアップの展望を教えてください。

最近、イスラエル政府はイスラエルの健康イノベーションを促進するために約3億ドルの予算を承認しました。この予算は、ゲノミクス、ビッグデータ分析、モバイルヘルス、および高齢化などに関するプロジェクトに当てられる予定です。また、政府がこの予算からアーリーステージのスタートアップに資金投資を行います。多くの場合、これにより多くの企業がプロトタイプを開発することができます。それにより、この予算で、イスラエルの起業家が新しいスタートアップを設立し、新しい市場に浸透し、新しいアイデア実現する能力を加速させることができると政府は考えています。ご存知の通り、イスラエルではサイバーセキュリティが強みとされていますが、1つの分野の高度な技術の成長は他の分野への技術移転により促進されているということです。例えば、サイバーセキュリティ技術は、これからの医療機器のセキュリティへの応用は不可欠です。もし、CTスキャンで撮影したあなたのデータをハッカーがデバイスにハッキングし、あなたが得るはずだった投薬量を改ざんすると、これは致命的になる可能性がありますよね。先ほど申し上げたように今日、イスラエルの伝統的な医療機器イノベーションからヘルスケアイノベーションへのトレンドの変化が見られます。私はこの傾向が今後数年で加速すると信じており、大手IT企業からもこの領域にたくさんの専門家が集まり、医療業界に技術的な洞察力や頭脳を持つ人々がますます増えていくと考えています。